補聴器は今後どのように進化していくのでしょうか?
補聴器はAirPodsなどのヒアリングデバイスとは違うものなのでしょうか。それとも将来的に補聴器はヒアラブルデバイスの一つとなるのでしょうか。ヒアラブルデバイスの最新の状況や補聴器業界の最新の動向を追いながら、将来の補聴器の姿を占います。
ヒアラブルデバイスと補聴器
ヒアラブルデバイスという言葉があります。これに先鞭をつけたのはAppleが2016年9月に発表したAirPodsで、ワイヤレスイヤホンという製品はそれ以前からあったのですが、これに光学センサーや加速度センサーを搭載し、スマートフォンとBluetoothで接続するものでした。これ以降同じようなヒアラブルデバイスは数多く出ています。
ではこういったヒアラブルデバイスは補聴器とは違うものでしょうか。それともいずれ生産量の大きいヒアラブルデバイスが補聴器も兼ねてしまうのでしょうか。
ヒアラブルデバイスと補聴器の違いは「目的」です。補聴器の目的は聞こえにくさの解消であり、聞こえにくさの原因は人によって違うので、その目的の達成のためには「診断」が必要であり、その原因は変化していくもののために「調整」も必要になります。しかしヒアラブルデバイスの目的はそうではありません。音楽を聞く、電話を掛ける、スマートフォンを操作するなどユーザによってヒアラブルデバイス使用の目的は違いますが、少なくとも聞こえにくさの解消ではありません。
補聴器とヒアラブルデバイスの技術的融合
しかし、使用している技術は同じようなものであり、形状も類似してきています。そしてこの先使用技術はさらに共通化していくでしょう。ここで実例を見てみましょう。
補聴器としても使えるヒアラブルデバイスの事例
オーストラリアのNuhearaの開発するIQbudsはスマホとBluetoothで接続するヒアラブルデバイスですが、聴力パーソナライズシステムを持ち一人ひとりに合わせた最適な増幅量を計算することができます。同社は軽度から中程度の難聴者に向けた補聴器としても利用可能だとしています。
ヒアラブルデバイスのようになった補聴器の事例
デンマークの補聴器メーカーのOticonはWebサービスと連携できる補聴器「Oticon Opn」を開発しています。これはIFTTTという各種サービスを接続するWebさービスを使うことで様々なモノとサービスと補聴器を連動させています。例えば玄関でドアベルが押されると補聴器に通知が行きます。これなどは補聴器のシステムというよりも健常者向けのウェアラブルデバイスの機能としても便利そうです。
補聴器6大メーカー合併の衝撃
このように見ていくと、補聴器とヒアラブルデバイスの融合は不可避であるようにも思えます。その際に補聴器メーカーとヒアラブルデバイスメーカーのどちらがリードするのかとか、どこが生き残るのかということはまだ分かりません。補聴器メーカーは世界6大メーカーというように言われてきました。そのうちのWIDEX社とSIVANTOS社が合併し世界第3位の補聴器メーカーWS Audiology社となりました。日本ではWIDEXとSIVANTOSはそれぞれの販売ルートを維持しますが、これが業界再編に向けた対策であることは確かでしょう。世界6大メーカーというのは販売シェアだけではなく内部のICをつくることのできるメーカーという意味でもあるり、WIDEXとSIVANTOSの合併はむしろコンピューターメーカーが合併して使用しているOSやファームウェアを統合したと考えるほうがしっくりきます。
補聴器とヒアラブルデバイスの違い
しかしあくまで補聴器とヒアラブルデバイスは目的が違いますので、技術面や外形面における類似性や、企業シェアと言ったものばかり見ていても見誤るでしょう。つまるところ、仮に全くデバイスが同じであっても、診断と調整を必要とするかしないかというのは、製品の原価や価格やビジネスモデルやエコシステムを全く違うものにしてしまうからです。
デンマークの事例に見る「調整」のイノベーション
しかし、そうはいっても「調整」の部分では、両者の融合は始まっているように見えます。
デンマークの補聴器メーカーGN ReSoundが開発したのがスマートフォンと連動してリモートで補聴器を調整できる「LiNX 3D」です。スマホアプリを通じて専門家へ調整を依頼すると同時に、スマホに表示される質問に答えます。
実際にこれはスマートフォンの機能やアプリケーションの仕組みとしてはそれほど技術的に難しいこととはいえず、これは技術的な開発をしたというよりも、調整を依頼できる専門家を組織するといったようなビジネス上の仕組みをつくったのだと見るべきでしょう。
補聴器の調整はフィッティングと言われます。補聴器にとって欠かせないものとなります。なぜなら「聞こえが悪くなった」と言っても音域も違いますし、どのような音を聞きやすくするべきかはその人のライフスタイルによっても大きく異なります。そして人間の体のことですし、とくにそれが加齢というプロセスにともなったものであることが多い以上、その進行に合わせて調整をしていくことは不可欠だからです。
しかし、こういった行為はAIやIoTで今盛んに人間から機械に作業が移っている分野でもあります。GN ReSoundのLiNX 3Dは人間の専門家へ調整を依頼するのですが、それが技術的にAIに置き換わることは避けられないように思います。ただ、補聴器は医療の一環として専門知識を持つ有資格者による販売とフィッティングが行われてきました。これは自動車の自動運転などで、こういったものは旧弊な規制であるから廃止するべきだという意見とそれは結局悪貨が良貨を駆逐することにしかならないという意見が激しく対立しているのと同じ構造です。
おそらくLiNX 3Dは技術的なブレークスルーであったというよりも、そのあたりのことに折り合いをつけたものと見るほうが妥当でしょう。
インドの事例に見る「診断」のイノベーション
もう一つの補聴器とヒアラブルデバイスとのエコシステムの違いである「診断」はどうでしょうか。
いまのところ、ここをLiNX 3Dのような形で解決しようとしたアプローチは見かけません。難聴の原因を診察するというのは医師の医療行為そのものですので、これをAIやロボットで自動化しようというのは、遠い将来ならともかく今これを目指すところはないでしょう。
しかし、イノベーションというのは必ずしも最先端技術を伴わなければいけないものではありません。ここで、日本の最大手補聴器メーカーであるリオン株式会社(リオネット)が2016年に独立行政法人国際協力機構(JICA)の委託で発表したインド農村部における方長期販売事業家調査を見てみましょう。
リオン株式会社はインドの農村部に流通網を持つドリシュティ社と組んで、診断網の構築及び補聴器販売の事業化について調査をしました。
この調査の結果、試験販売を行ったラインナップの中でも高額な商品が売れたということでインドの農村地域での販売可能性には良好な反応が見えたものの、診断過程には距離的な問題が大きく、今後遠隔診断を前提としたシステムと事業モデルが必要になるだろうとされています。
現在のインドのビジネスモデルは処方箋が必要な補聴器はマージンが高く高価な上に診察のできる医師の数が圧倒的に不足しているということで、それに対して診察抜きの耳に悪影響を与えるかもしれない安価な補聴器が流通しているそうです。中にはリオン株式会社のリオネット補聴器の非正規版もあったとか。遠隔診断はインターネットやスマートフォンやIoT技術の発展により現実的な進歩が期待される分野なので、ここに技術的なイノベーションが起こることは期待できます。